クロトラ!-妖刀奇譚-
片眼の男――空岩は軽く笑った。
「昔のことだ。今はしがない弁当屋の主人・ワサビさ。」
「ワサビ…というのが通り名か?」
客の問いに、ワサビはまた笑って首を振った。
「いや。本名だよ。
空岩寂則(からいわ さびのり)ってのが今の名でね。長屋の連中からこのあだ名を頂戴した。」
ふざけた名前だ。
客の男があきれていると、ワサビはふと真面目な顔に戻って言った。
「…で?アンタ何も俺のあだ名を聞きに来たわけじゃないだろう?」
客はぬるい茶を一気に飲み干すと、欠けた湯飲みをワサビに返した。
「ああ。…まあ私の格好を見ればどの筋の者かは分かるだろうがな」
「ま、民主主義とやらの大信奉者といったところかね。」
ワサビは男の侍姿にちらりと目を走らせて、からかうように言った。
客は軽口に乗らず、眉をしかめる。
「…新政府に与する者などと、冗談でもやめてもらいたいな。」
そんな客の様子にワサビはまた笑う。
「悪かったよ。
それで?筋金入りの反政府党の方が、この弁当屋に何の御用です?」