クロトラ!-妖刀奇譚-
客はワサビのふざけた態度にますます眉間のしわを深くしたが、咳払いをひとつするとあらたまって声を低めた。
「――"おなご弁慶"を知っているか?」
唐突な問いだった。
ワサビは聞き慣れない言葉に首をひねる。
「"おなご弁慶"?なんだそのゴツそうな女は。」
またも軽口をかわして、客は声を抑えたまま続けた。
「最近東都に現れた賊でな。まだ事件として公に発表されていないが、早晩民草の口にのぼることになるだろう。
…"おなご弁慶"は、刀狩りの賊だ。」
「刀狩り、ね。」
少し興味をそそられて、ワサビも客の方へ身を乗り出した。
――廃刀令が申し渡され、士族が刀を失ったこのご時世に、弁慶のごとく刀狩りをする賊。
相当物好きな賊だ。
士族が帯刀しなくなった今日、公然と刀を差して歩いているのは政府の役人――それも軍部に所属する軍人か警官だけである。
それら役人を標的にしている、ということは…
「筋金入りの政府嫌い、ってことになるのかね。その"おなご弁慶"とやらは。」