クロトラ!-妖刀奇譚-
「アンタ、なぜ俺のとこに来たんだ?」
ワサビは客に問うた。
本来こういう客は元締めである"情報屋"の客だ。
なぜ"耳"のところへ足を運んだのか――はたまた、なぜワサビが"耳"だと知っていたのか。気になるところだ。
客の男は初めてちらりと笑みを見せると、ワサビの顔をうかがうように眺めた。
「いやなに。昔あこがれた男がつましい弁当売りをやっているとさる人物から聞いたのでな…興味本位だ。」
「…そいつはどうも。」
ワサビは肩をすくめた。
そういう客は今までもたまにいた。
かつて志士たちの中で名をはせた男の成れの果てを、興味本位で見物に来る者は。
ワサビはやれやれとため息をつくと、屋台を引き上げる準備を始めた。
「悪いが、その"おなご弁慶"とやらについては何も教えてやれないんでね…
用が済んだならそろそろ帰ってもいいか?貧乏屋台は朝が早いんだよ。」
そうだな、と客の男は腰を上げたが、屋台が動き出そうとしたそのとき、思い出したように再び声を掛けた。
「ああそうだ。"おなご弁慶"について分かっていることを教えておこう。」
「…別に知りたいとは言ってねえが?」
「まあ、聞いておけ。」