クロトラ!-妖刀奇譚-
イライラと貧乏ゆすりをするワサビに構わず、男は言った。
「"おなご弁慶"はな、その名の通り女のような姿をしているそうだ。
華奢で恐ろしく身が軽く、剣もかなりの手だれだという。」
それでだ、と男は続ける。
「いくら政府の奸物どもとはいえ、いっぱしの軍人相手にこれまでひとりも討ちもらさず、ひとりも殺していないそうなのだ。
…これは女の腕では難しいだろう、ならば女のような姿の者――といえば、我々にはひとり思い当たる人物がいる。」
ワサビの貧乏揺すりが止まった。
男はそんな様子にどこか満足げにうなずく。
「そう。貴殿もよく知る人物だ。」
「――待て。アイツが生きているはずがない。」
そう鋭く返したワサビの言葉に、もうふざけた口調はかけらもなかった。
だが頬被りの陰で、その表情は見えない。
男は静かに首を振った。
「我々そう思うがな…だが可能性はあるだろう?誰も死体を見ていないのだから。
"彼"なら、刀狩りのような手段は好みそうだと思うのだが。」
ワサビはくるりときびすを返すと、屋台をかついで歩き出した。
「…ありえん。」
そう吐き捨てたものの、"おなご弁慶"とその人物のことが、胸につっかえて仕方がなかった。
(――"おなご弁慶"の正体を見極めねばならない。)
住処である長屋に帰り着く頃には、そんな思いが生まれていた。