クロトラ!-妖刀奇譚-
ちなみに彼の名は久坂という。
久坂がこんな夜中に走らねばならなかったのは、上官の急な命令のためだった。
――久坂は現在、警保局(※警視庁の前身)内に最近設立された"抜刀隊"なる組織に所属している。
抜刀隊は、いっかな鎮まる様子のない反政府活動を抑えるための実働部隊でもあり、軍服に帯刀した姿で練り歩くことで『士族といえども公人でない者は剣を持つべからず』という、廃刀令促進の看板の役目も持っていた。
この抜刀隊を設立した相原という男が久坂の上官なのだが…
(…なぜこの俺が、あんな田舎者のために走ってやらねばならんのだ。)
久坂の胸中は苦かった。
この相原という上官は、元々は地方の小藩を解雇された浪人のせがれ。
それが維新の混乱の中で剣の腕ひとつを頼りに名を上げ、新政府軍の士官を務めるまでにのし上がった男だった。いわば叩き上げだ。
それに対し、元は大旗本の四男坊に生まれた久坂。
実家がたまたま今の政府方に出資していたおかげで伝手を得、父の意向で軍部に所属することになった。いわゆるコネと七光りの申し子だったわけである。
上級士官の位に就くまでの研修のような形で警保局に配属されたのだが、叩き上げの軍人である相原とは馬が合うはずもない。
――こうして支局にいる相原から本局への伝令を携えて走っているわけだが、その胸中は上官への不満と侮蔑でいっぱいだった。