クロトラ!-妖刀奇譚-
――半里(※約2km)走った頃。
久坂はとうとう足を止めた。
まだまだ道のりは残っていたが、暑さと任務への不満が彼の足を完全に鈍らせてしまった。
「やめだやめだ、こんなもの」
しばらく息をついてから、久坂は小さく吐き捨てた。
(だいたい、こんな使い走りなど平隊員にやらせればいいではないか。相原め。ヤツはなんだかんだ俺にばかりこんな雑用をさせる。
…こんな姑息な嫌がらせになど付き合ってやる義理はないのだ。)
そう毒づきながら詰襟のボタンを外し、少しでも涼を取ろうと堀に掛かる橋へと足を向けた。
――橋の真ん中まで来ると、地面から立ち上る熱気が消え、少しばかり涼を含んだ風が感じられた。
(なに、どうせ緊急でもないのだし、少しばかり伝令が遅れても支障ないだろう。)
そのまましばらく、欄干にもたれて水面にうるうると揺れる月影や雲をながめていた。
――そんな彼の姿を、闇に潜んでじっと見つめる者があった。