クロトラ!-妖刀奇譚-
(そろそろ行くか。)
久坂がのろのろと欄干から身を起こしたときだった。
ビュウッと生ぬるい風が吹きぬけ、次の瞬間辺りは真っ暗になった。
見上げると、巨大な雲の塊が月をすっぽりと覆ってしまっている。
(ついてないな。)
小さく舌打ちすると、久坂はベルトの腰についたポーチを探った。灯りを点けたかったのだが、どうやら火口箱を支局に置いてきたらしい。
月があると思って、走るのに重い荷物を全部はずしてきてしまったのだ。
久坂はさらに舌打ちを重ねた。
仕方なく暗闇の橋の上を岸へ戻り始めた、そのときだった。
「――…動くな。」
背後から、鋭い声が聞こえたのは。
――と同時に、首筋に何か冷たく鋭いものが当たった。
それらは一瞬で、久坂は振り向く間もなく、橋の上に凍りついた。