クロトラ!-妖刀奇譚-
「本当に大きくなったよね。
これがあのフニフニしてた赤ちゃんだなんて信じられない、人間てすごい…」
青天の霹靂から10分ほど後、沙市は自宅近くのファミレスにいた。
机と苺パフェとアイスコーヒーの向こうには、1人の中年の女が座っている。
中年…だったが、女は"おばさん"というより"お姉さん"と呼ばせるような雰囲気を持っていた。
顔に漂う衰えの気配は、30代からそれ以上。
しかし彼女は人気化粧品の最新カラーをリップやまぶたに品よく乗せていて、顎のラインで切りそろえられた短い髪はよく手入れされて白髪一つなく、機敏な動きを思わせるグレーのパンツスーツをさらりと着こなしている。
悪く言えば若作りだが、すきのない身のこなしから、いかにも「仕事が出来る女」の雰囲気がにじみ出ていた。
おばさんなんて呼ぼうものなら、足元を飾る細いヒールがこちらの足の甲を貫くかもしれない。
「…ほんと、あの頃は幸せだったなぁ。沙市は小さくてかわいくて、私は仕事のこと忘れてのんびりできてさ……」
女は1人でしゃべり続けている。
溶けゆくパフェを前にして、沙市はただただ、きれいな色の唇が奇妙な言葉を吐き出していくのを見つめていた。
――この女が自分の母親だという衝撃の事実が、グラグラと座り悪く頭にのしかかっていた。