クロトラ!-妖刀奇譚-
「ほんとにごめんね?」
目の前の女が言う。
彼女は出会ってからのこの30分、"ごめんね"を繰り返していた。
この見知らぬ"母"が言うには、沙市が生まれてまもなく父親にあたる男が転勤を命じられ、単身赴任することになった。
その離ればなれの生活の末にいろいろ揉めて離婚した、というのが、沙市をこの世に送り出したひとたちの離別だった。
「…そのときはね、私も若くて。別れたくなくて、アナタの父親を追っかけて赴任先に飛んで行ったわけ。」
申し訳なさそうな顔で、母親は語る。
沙市は何も言えずに小さくうなずくばかりだった。
「絶対アナタのパパを取り返して来るから!って決意してアナタをおばあちゃんに預けたの。
向こうでは安ホテル転々としながら、何回もパパに会って話したんだけど…」
熱い口調で語る唇を、沙市はただ見つめていた。
(…何で帰って来なかったの?)
その一言が、心の水面にぽかりと浮かび上がって、でも声にはならなかった。