ホワイトライト、サマーズエンド
女の腕は紫色のミミズが這い回ったように、無数の傷跡があった。
合う指輪なんてあるのかどうか、細い指の爪は真っ赤に染まっている。
女は胸元に髑髏の刺繍の入った黒いワンピースドレス1枚で、俺はその身体を支えながらあたりを見渡した。

六本木通りは賑やかだが、一本路地へ入るとこの辺は水を打ったように静かだ。
誰もいないのを確認して、女の右腕を自分の首へ回す。
女は物凄く酒臭く、どうやら寝ているようだった。

「おい、起きろよ。おい」

俺は女の顔を覗き込む。
真っ黒い長い髪はぐしゃぐしゃで、その隙間から赤い口唇が見える。
意思の強そうな切れ長の目は長い睫毛で閉ざされている。
俺は女の顔をぺちぺちと叩いて言った。

「ちょっとおねーさん、車動かしてくんねーかな、って酒飲んでちゃ無理か・・・」

あたりを見渡しても、この女の知り合いはいそうにない。
車の中にまた押し込めるわけにもいかず、眠りこける女の膝と肩を抱いた。
簡単に持ち上げられた。
車から漂う甘い匂いと、酒の匂い。それに煙草の匂いが混ざって俺の鼻をかすめる。
こっちまで酔っぱらいそうな匂いだ。
もう1度女を支えなおそうとした瞬間、その肢体がよじれ、小さくかすれた声が俺の耳に微かに届いた。

「カオリ・・・」

か細く、注意しなければ気づかないくらいの声。
女は一瞬目を開けた。頬に一筋、涙が伝った。
雫が街灯に反射して光る。
俺は思わず女を見つめた。

長い睫毛は艶を持ち、生き物のように優しく目尻で揺れる。
涙の粒を持て余すほど張りのある頬は、意思のある目や鼻のパーツに比べて彼女をぐっと幼く見せる。

「おい、大丈夫か」

もう1度その頬に触れ問いかけると、再び女はゆっくり目を閉じてすうすうと寝息を立て出した。

どうやら選択肢はあまりないように感じる。
俺は仕方なく女を抱き上げ、マンションの外階段を上がった。
エレベーター脇のカメラに映って面倒なことになるのも困る。
とりあえず女を部屋で寝かせて、自分は近くのバーで時間を潰せばいいと思った。
もう頭の中で、リオに会う選択肢はなくなっていた。


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