となり
『お母さん、落ち着いて下さい。きちんと家族で冷静に話し合いをなさって下さい。また近いうちに、病院にお越し下さい』と
先生の言葉に母親は
少し放心状態になりながら
診察室を出ていく

そして私達は再び
無言のまま車に乗り込むと
母親は何も言わずに
エンジンをかけ車を出した

私は色々なことを
車の中で考えていた
そして結論―
やっぱり産みたいと
強く思ったのだ

車が今度は見慣れた
家の前で止まると
私は少し安心していた
車から下りようとすると
隣にいる母親は運転席に
座ったまま動かない

『お母さん?』と
私は恐る恐る声をかける
母親は泣いていた

『お母さん、ごめんなさい。だけど私、産みたい。反対されても、産みたい』と
私は自分の気持ちを告げると
車からゆっくり出る

私が母親の涙を見るのは
今回で二度目のことだ
普段強がっている母親が
母親のお母さん…
つまり私の叔母が亡くなり
涙を見せた瞬間だった
母親は母子家庭で育ち
唯一の家族は祖母だけだった
小さかった時のことなのに
強く記憶に残るほど
母親の涙は衝撃的だったんだ

それ以来何があっても
母親の涙を見ることはなかった
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