となり
母親は私を抱き締めたまま
何も言わなかった

するとコンコンと
扉を叩く音がして
看護婦さんが扉を開ける
私達は体が自然に離れると

『七瀬さん、もう時間になりますから、準備して移動よろしくお願いしますね』と
声をかけられ私は軽く頷いた

そして私は母親の剥いた
ウサギの形をした林檎を
ひとつ手に取り口に入れる

『じゃあ行こうか』と
母親はクスッと笑うと
私達は病室を出た

産婦人科病棟に着くと
待合室には沢山の
お腹が大きな妊婦の女性が
イスに腰を下ろしている
私は何だか場違いな気がし
顔をうつ向かせると
母親は私の背中を軽く擦る

『ねぇ、もえ。お母さんね、もえがお腹にいるってわかった時、何でこんなに幸せなんだろうって思っちゃたくらい幸せだったんだよ。お産の時はとても不安だったけど、病院に行く度に、もえがどんどん大きくなって行くのが、毎日ワクワクして楽しかったの、今でも昨日のように覚えているのよ』と
急な母親の言葉に
私は少しビックリした顔で
母親の顔を見つめた

そして母親は私に
とても優しく微笑んだ
何だかそれがとても
嬉しくて再び目頭が熱くなった
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