涙飴
五十嵐はそう言って、抱き締めている腕をギュッと強めた。


五十嵐の声は、震えていた。
こんな五十嵐を見たのは初めてで、あたしはその姿さえ愛しいと思った。


伝えなければならない。


もう、迷う事などない。




……なのに、

どうして涙しか出て来ないの?


伝えたいのに、“何か”に塞き止められて、音にする事が出来ない。



「あっ……あたし…」



あたしがやっと言葉を口にしたのと同時に、五十嵐はあたしの背中にあった腕を下ろし、体を離した。


「何も、言うな。
言わなくていい。

…そろそろ帰らねぇと時間やばいな」


さっきまであれだけカップルがうじゃうじゃ居たのに、今橋に居るのはあたしと五十嵐だけだった。


「帰るか」


五十嵐はそう一言呟くと、あたしの前を歩き出す。

あたしはその後ろを追い掛けながら、何も出来ない自分に腹を立てていた。


伝えたい事は分かっているのに、それを伝える事が出来ない。

もどかしくて、悔しくて、また涙腺が緩んで来る。



……何が原因なのかは、本当の所分かっていた。

それは今まで、あたしが五十嵐への想いを封じ込めていた理由でもあったから。



ふと空を見上げると、群青色の空から三日月が寂しげな光を落としていて、それに照らされた恋愛橋は、何処か物悲しい雰囲気を漂わせていた。
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