狂信者の谷
四 午後のお茶会と狂信者の谷
 ハダ密の開祖、空水がこの滝に打たれて悟りを開いたというのがこの黒鳳天《ジパード》の滝である。

 滝は、藍色の花に彩られた岩肌を背に真っ直ぐ滝壺へ落ちていた。

 その岩肌に咲く花が黒鳳天草花である。

 花が藍色と言うことはすでに種をその房に実らせている証拠だ。

 そう、群生地と言うのは、滝の落ちる岩肌のことだった。

「ようこそ、異教の民よ」

 聖地の広場で紅を迎えたのは、ジパドの密偵ラムヤだった。

 滝壺のほとりにある祭壇の脇で、滝を背にして立っていた。

 黒装束に白頭巾姿だが、額に目の刺青はなく、白い羽織りを着ていた。

「ふん、ずいぶん元気そうだね。あんたのお陰でこっちはいい運動をさせてもらったよ。礼を受け取ってくれるかい?」

「異教徒からの礼は受け取れない。これでもこの地の統括を任されているものでしてね、戒律は曲げられないのです」

 広場は、音響を制御する結界が張られているのか滝の音が聞こえるにも拘らず声はよく通った。

「それは残念。でも受け取ってもらうよ。じゃないとわたしの気が済まない」

 紅は会話をやり取りしながら、香の調合を始めていた。

「そうですか。ひとつ言っておきましょう。もう香は効きませんよ。我々も薬物に関してはシロウトではないですから。あなたの手もだいたい判りましたし」

「言ってくれるわね。薬法師《ドラッグマスター》を甘く見ないほうがいいわ、後悔する暇なんかなくてよ」

 紅は香の調合を中断。早急に別の手を考える。
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