狂信者の谷
 重い切れ味。

 だが、返り血はなかった。

 確かに斬っている、それなのに紅は傷一つ無くそこに立っていた。

 無表情だった男の顔に、このとき初めて感情が走った。

 恐怖だ。

 さらに斬り付ける。

 まだいる。

「うおおおおっ!」

 ついに男は叫び声を上げて刀を目茶苦茶に振り回し、次々と紅に斬り付けた。

「意外と呆気ないね。ジパドなら、もう少し耐性があると思ったんだがねぇ」

 紅はぽつり呟いて、目の前で白目を剥いて硬直している男の首にすっと左手を延ばし、ドラゴマブカの牙を植え付けた。

 男はタモの結界を越えてきた時点で、強力な幻覚剤である餓藻香《テムティム》を吹き付けられ、紅の術中にはまっていた。
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