狂信者の谷
 彼は、まだ年端もいかない少年だが、親が交易商人であるためか頭と舌の回転が早く、商売事に聡い。

 そのせいで、勝ち気で短気な紅とは良く衝突していた。

「師匠に向かってその口の聞き方はなんだい。弟子はねぇ、師匠の言うことだけ聞いてればいいのよ!どこの世界に師匠にけちつける弟子がいる。ひよっこが、ナマ言ってんじゃないよ」

 機嫌の悪い紅は、カムランの胸倉を掴み、ぐいと顔を近付けて言った。

 カムランの鼻孔に九頭龍香の淡く甘い匂いを感じた。

 九頭龍香は、他の香の匂いを封じる効果があり、紅が好んで身にまとっている香りだ。

 香の制御は紅の十八番で、このテクニックに関しては絶対の自信を持っている。

「何やってんだい、昼間っから。いくら手近だからって、そんな餓鬼に迫らなくてもいいだろう」

 いきなり、紅の背後、庵の玄関から声が掛かった。

「あっ、これはポクン・ポーラーのご主人。いつもお世話になってまぁす」

「へっ?」

 カムランは紅越しに、庵の玄関に立つ妖艶な物腰の女性に挨拶をした。

「こんにちは、カムラン。元気そうじゃない。紅と仲良くしてる?」

「はい、おかげさまで」

 自分を無視して続く挨拶に、なんだかばかばかしくなった紅は手を緩め、カムランを放した。

「紅、悶々と一人庵に籠ってないで、たまにはうちの店に顔出したらどうだい」

 妖艶の美女、薬剤都市バクーの薬物流通の中心地ツーレイア地区の奥で薬屋ポクン・ポーラーを営む女主人は、ゆっくりと庵に入って来て、紅の背後で歩みを止めた。
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