君のちょこは、もうない。
斜め後ろのあいつ
ジャラジャラと音がしたあと、少し遅れて「うわあー…」という悲鳴が聞こえた。

世界史の授業中。みんな一瞬その音に意識を向けるけど、すぐに何もなかったかのようにそれぞれの作業に戻る。

あたしは、またかよ、という気持ちでちらっと後ろを振り返る。斜め後ろの席の近藤という男が派手に筆箱を落としていた。

「あーめんどくせえ。あー!めんどくせえ!!」近藤はあえて2回そういうと、けだるそうに席を立ってペンを拾いはじめた。

前の席の岸本さんの椅子の下に紫の蛍光ペンが落ちているけど、彼女は気付いてないし手伝う様子もない。あたしは前を向いた。

「近藤、筆箱落とすのは勝手だけどひとりごとは心の中で言えよ」世界史の教師がそういうと、教室から失笑がもれた。

「はいはいはい。あーめんどくせえ」近藤はぶつぶついいながら、腰を屈めてペンを取る。

あたしはなんだかいたたまれない気持ちになる。

彼はそういう子なんです。

しょうがないんです、先生。

近藤がペンを拾い終わると、授業が再開された。

抑揚のない言葉たちが上滑りする世界史の授業は、近藤が筆箱を落とそうが落とすまいが関係なく退屈で、まともに話なんか聞いていられなくて、あたしは何をして過ごそうかと、それだけを考えていた。

5時限目のまどろみの中の少しぼんやりした頭で、あたしは近藤のことを考えた。

近藤は、ちょっと、いやだいぶ変わった不思議なやつだ。

特定の誰かとつるんだりすることなく、かと言って孤立してるわけでもなく、いつも自由そうにヒラヒラしている。

常識がなくて、あまりになさすぎて、ときどきあたしたちを驚かせる。

それから、絵がうまい。

重めの前髪がいつも目にかかっていて、身長が小さめで細身なので、ぱっと見は暗いひと、もしくは不審者だけど、近藤が元気ないところは誰も見たことがないくらいナチュラルハイなやつである。

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