Fahrenheit -華氏-
「な…何を…」
村木が顔を紅潮させ、怒りの感情を露にした。
それでいて、言われたことが堪えたのか目の端をひくひくさせている。
村木が怯んだ。あの村木が……
「お引取りください」
柏木さんはちょっと頭を下げると、村木を見た。
睨んでいるわけではないが、その視線はあからさまな敵意を感じられた。
「神流部長、部下の教育がなってないようですね。アメリカ帰りか何か知らないが、目上の者に対する態度がなってない!」
何だよ!さっきは柏木さんを引き抜こうとしてたくせにっ!
村木は身を翻した。
去り際に「これだから女は」という捨て台詞を吐いて。
ブチッ
何かが切れる音がした。
それが何か……俺と佐々木はすぐに察することができた。
そろりと柏木さんを見ると、彼女は腕を組み、今や敵意をむき出して村木を睨んでいた。
「待ちなさいよ」
こんなときまで、柏木さんの声は淡々と静かだった。
が、村木にはしっかり聞こえていたようで、奴が振り返る。
「小さい男。男だとか女とかこだわる奴の方がよっぽど馬鹿。ほんっと男って何で女を見下すのかしら」
いつか聞いた台詞。
そう、あれは…喫煙室で偶然にも一緒になったときのことだ。
『ほんと男って身勝手な生き物ですよね』
そのときと喋り方も、表情も変わりなかったが、その言葉の裏に感じるのは燃え盛る炎のような激昂だった。
柏木さんにスイッチが入った。
それは決して押してはいけないスイッチだったんだ。