Fahrenheit -華氏-
「ちっ」
俺が睨んだのが効いたのだろうか、村木はスーツの襟を正すと舌打ちして今度こそ俺たちに背を向け立ち去っていった。
パチ……
手を叩く音がする。
パチパチパチ…
音はだんだん大きくなっていって、それが女性社員たちの拍手だということに気付くのに暫くかかった。
「柏木補佐、すごい。あの村木次長…部長に向かってあんなこと言えるなんて」
「そうよ。あたしたち女はいつも軽視されてるもの」
「ホントそう。男の方が優遇されるのよね」
方々で声が上がる。
俺と佐々木は顔を見合わせた。
「なんか……うまく収まった?」
どちらからともなく、ぷっと吹き出して、俺は佐々木と顔を見合わせながら笑い声をあげた。
「どうされたんですか?」
さっきまで激昂していた人間とは思えない、相変わらずの声音だ。
「いんや。何か色々柏木さんはすごいなって…」
「そうそう。僕もう感動しちゃいました。僕のことあんな風に言ってくれる人、部長のほかに居たなんて」
「別に…真実を言ったまでです」
柏木さんはさらりと言うと何事もなかったかのように椅子に腰掛けた。
色々驚かされたけど……
「柏木さん、ありがとう」
心が温かくなっていく。
それと同時にきゅっと心が締め付けられる。
でもそれは全然苦痛じゃなくて、むしろ心地いいんだ。
この痛みが何なのか。
このときの俺はまだ気付いていなかった。