Fahrenheit -華氏-
佐々木さんをはじめとした、他の部署の人たちがぞくぞくと出社してきて、本格的な業務が始まる。
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「柏木さん、いい香りがする」
そう言って顔を近づけて鼻をひくつかせる部長。
「部長、近いです」
このやり取りを一体一日にどれだけ繰り返してきただろう。
「ごめん、ごめん」
そう言って部長は離れていく。
「部長!セクハラですよっ」向かいの席で佐々木さんが怒った。
「え?セクハラ!?」
部長はびっくりしたように目を丸め、すぐにおどおどしたように視線を泳がせる。
どうやらそんなつもりはないらしい。
部長の表情がくるくる回る。
まるでメリーゴーランドを見てるようだ。
笑ったり、哀しんだり、怒ったり…とにかく忙しい。
猫かと思ったら、彼は犬だった。
「飴です。部長も食べますか?」
「うん♪ちょ~だい」
そう言ってにぱっと笑う。
ホント…犬みたい。
犬のちょっと垂れた耳と、ふりふりと振ったシッポがリアルに見える。
「あ。いいな~」
佐々木さんが羨ましそうにあたしを見た。
「では佐々木さんにも」
ワン
そう鳴いた気がした。
あたしの部署には可愛い犬が二匹いる。