Fahrenheit -華氏-

佐々木さんをはじめとした、他の部署の人たちがぞくぞくと出社してきて、本格的な業務が始まる。


―――

――


「柏木さん、いい香りがする」


そう言って顔を近づけて鼻をひくつかせる部長。


「部長、近いです」


このやり取りを一体一日にどれだけ繰り返してきただろう。


「ごめん、ごめん」


そう言って部長は離れていく。


「部長!セクハラですよっ」向かいの席で佐々木さんが怒った。


「え?セクハラ!?」


部長はびっくりしたように目を丸め、すぐにおどおどしたように視線を泳がせる。


どうやらそんなつもりはないらしい。


部長の表情がくるくる回る。


まるでメリーゴーランドを見てるようだ。


笑ったり、哀しんだり、怒ったり…とにかく忙しい。


猫かと思ったら、彼は犬だった。


「飴です。部長も食べますか?」


「うん♪ちょ~だい」


そう言ってにぱっと笑う。


ホント…犬みたい。


犬のちょっと垂れた耳と、ふりふりと振ったシッポがリアルに見える。


「あ。いいな~」


佐々木さんが羨ましそうにあたしを見た。


「では佐々木さんにも」


ワン


そう鳴いた気がした。


あたしの部署には可愛い犬が二匹いる。











< 109 / 697 >

この作品をシェア

pagetop