Fahrenheit -華氏-
経理部に提出しようと書類の束を持ってエレベーターホールに向かった際、通り道の給湯室で女の子たちの明るい声が聞こえた。
「ねぇ最近村木部長やけに大人しくない~?」
「前はガミガミうるさかったのにね」
「柏木補佐にやり込められたからだよ」
苦笑する声が聞こえて、あたしは思わず足を止めた。
別に……
やり込めたつもりはない。
でも周りはそう思ってるんだ……
きっと怖がられてるだろうな。
まぁ気にしないけど。
「でも柏木補佐すごいね~、あたし感動しちゃった♪」
「うん、うん。あたしも~」
「みんな、特に女子はずっと村木部長のこと嫌ってたしね~」
そう……なんだ…
あたしが言った言葉で、誰かの気持ちを動かすことができるなんて、今まで想像もしなかった。
冷たい、怖い、お高く留まってる。
周りからの視線が意味するのを分かっていた。一向に気にしてはいなかったけど、そう言ってもらえるとちょっと嬉しいかも。
「神流部長も新部署に異動になって元気になったしね~」
「そうそう、前はちょっと病みやつれた感じがまた影があってステキだったけど。でもやっぱり元気な部長がいいよね」
「てか、何で神流部長が異動なのー!?あたし真剣に告ろうと思ってたのに!」
「あんたには無理無理。だってあの部長だよ?かっこよくて頭良くて、お金持ってて。それでいつもいい香りがしてっ♪」
「村木なんて加齢臭だもんね。ありえないっつーの」
女の子たちの会話は止まることがない。
次から次へと話題が変わる。
部長は……やっぱり女子社員から人気があるのね。
それにしても、神流部長と村木部長とは以前にも確執があったようだ。
あたしの知らない部長の過去……
いつも元気な笑顔の下にあの人はどんな気持ちを隠しているのだろう。