Fahrenheit -華氏-
偶然昼休みが佐々木さんと重なった。
あたしは社員食堂で焼き魚定食を食べながら、佐々木さんに聞いた。
彼はあたしの向かい側の席に座ってラーメンをすすってる。
「佐々木さん、神流部長と村木部長って以前にも何かあったのですか?」
佐々木さんはラーメンをすする手を止めてちょっと苦い顔を作った。
「あ~、村木次長ですね…実はここだけの話ですけど」と言って佐々木さんは顔を寄せると声を潜めた。
「村木次長もそこそこやり手なんですけど、人当たりが良くて部下に慕われる部長には何かとつけて負けてたんですよ。
そこで、次長は部長を陥れるために色んな手で妨害していたわけです。
前に一度億が動く契約があったんですが、それも次長がダメにしてしまって。証拠がないから部長も何も言えなかったんですけどね。
さすがにあれは部長も堪えたみたいで、しばらく荒れてました。て言っても僕らにあたるわけではないですけどね。
何せ半年かけて契約にこじつけた大口の契約だったわけで。寸でのところでオジャンになっちゃって」
佐々木さんは神流部長のことを、「部長」と、村木部長のことは「次長」と呼ぶ。
それは前々からの癖で抜けないのだろうと思う反面、「次長」と呼ぶ影に嫌味を感じる。
心優しくて真面目な佐々木さんの、ほんの少しの反抗。
「……億…ですか…」
あたしはちょっと目を細めた。
「うちは大口と言ってもせいぜい何千万という単位ですからね。億まで行くとさすがに桁違いで、上の方も部長にかなり期待を寄せていた分、ぽしゃったときはそりゃ周りの反感が凄かったんです。
神流会長のご子息というのは名前だけ、かとあちこちで後ろ指差されて、居づらかったと思いますよ?」
そんな、過去が……
エリートコース一直線で、何も知らないボンボンだと思ってたのに。
それなりに挫折や苦い経験を味わってたわけだ。
それなのに部長はそんな暗い過去を全く滲ませない。
それとも隠しているのか……
「億……ですか」
あたしはもう一度呟いた。