Fahrenheit -華氏-

定食についていた温かいお茶をゆっくりと一口飲んであたしは佐々木さんを真正面から見た。


「その億の契約、私が取り返してみますよ」


あたしの言葉に佐々木さんはぽかんと口を開けた。


だけどすぐに笑顔になると、


「いやぁ、取り返すって…無理ですよぉ。いくら柏木さんとは言えあの部長でさえ半年手こずった案件ですよ?」


「何もその案件で取り返すとは言っていません。用はそれだけの契約を取ればいいだけのことです」


「でも……どうやって?取り引きはほとんど部長の役目ですし、第一そんな大口の契約そう転がってるわけが…」


佐々木さんは歯切れの悪い返事を返してくる。


喉に何かつまっているような苦い表情をしていた。


「近々トーヨーエクスプレスの造船の件で、世界中で入札があります。私が落として見せますよ」


あたしは淡々と言い切った。


佐々木さんは今度は開いた口が塞がらないと言った具合に、大口を開けた。


「な、何言ってるんですか!?あれはとてもじゃないけど、うちが扱える案件じゃないですよ。世界中何百、いや何千と狙っているセリですよ??」


正気か?と佐々木さんは言いたげだ。


「今の状況じゃ不可能ではありません。でも必ず私が落としてみせます」


佐々木さんは開いた口をゆっくり閉じると、ちょっと苦笑いを漏らした。


「頼もしい限りです。でもそれが落とせたら、夢のようですね」


佐々木さんはあたしの言葉を信じていないようだった。


きっと悪い意味はないのだろう。


それでもそれは夢のまた夢。と思っている。






あたしは……夢で終わらせるつもりはない。





あたしは箸を置くと、



「ご馳走様でした。では私はお先に失礼します」



まだラーメンをすすっている佐々木さんに一礼して、あたしは席を立った。





< 113 / 697 >

この作品をシェア

pagetop