Fahrenheit -華氏-
「こちらこそすみませんでした。急いでいたもので。お怪我は?」
新聞と経済誌を受け取りながら女が顔を上げた。
「ありがとうございます。怪我は、大丈夫です」
美人……
なんてもんじゃねぇ。
超ヒット!!!
ぱっちりした大きな目に長い睫、すっと通った鼻筋、淡いグロスを引いた薄い唇。
化粧は薄めだけど、元々が美人なんだろうな、華やかな顔立ちだ。
柔らかそうな栗色の髪は胸ほどまであって、毛先を緩やかに巻いていある。
俺が目を開いてじっと見ていたからなのか、女が怪訝そうに眉を寄せた。
「あの……?」
「いや、失礼。お気になさらず」
「はぁ」
女はいぶかしんだまま、立ち上がった。
「これ、あなたの?」
女は俺の携帯を拾い上げ、俺に手渡しくれた。
「ええ、どうも」
春の柔らかい風が吹いて女の淡いベージュ色をしたトレンチコートの裾をたなびかせる。
トレンチコートのベルトに、大判のスカーフを粋に巻いてあった。
センスも抜群。
まるで女性ファッション誌から飛び出してきたような女だ。
「それじゃ」
ぺこりと綺麗に頭を下げると、女は行ってしまった。
ここらへんで働いてるのかな?
初めて見た。
もう一度会いたいな……
そんな風に思っていたが、意外にもそれが早く叶うことになることをこの時の俺はまだ知らなかった。