Fahrenheit -華氏-
「じゃ、俺はこれで」
爽やかに手を上げて桐島は去っていった。
「綾子……こないだの書類さ…」
俺は別件で綾子に話しかけたが、綾子は去っていく桐島の背をずっと目で追いかけていた。
「綾子……?お前まさか…」
だってジジ専じゃなかったのかよ?
俺の親父がタイプとかふざけたことぬかしてたのに。
綾子は招待状を握ると、俺の腕を掴んで突然引っ張って行った。
アイボリー色をした落ち着いた廊下に出ると、綾子は突然キッと俺を睨みあげた。
「誰にも言わないでよね!」
その鬼気迫る迫力に気圧され、俺は思わず降参という風に両手を軽くあげた。
「いや…言うわけないけどさぁ。お前、桐島と何かあったの?」
「桐島くんは何も知らないわ。あたしの完全な片思いよ」
「……え?だってお前親父は?常務は?」
「あれはあくまで好みのタイプってだけ。本気で恋してるのは桐島くん」
「だってあいつ童顔じゃん?ちょいワルでもないし、ワイルドでもないし。お前の好みのタイプじゃないじゃん」
「うるさいわね!どういうわけか好きになっちゃってたの!」
綾子は切れ長の瞳にうっすらと涙を溜めていた。
あの気丈な綾子が泣く姿を見るのは、初めてだ。