Fahrenheit -華氏-
「柏木さん。佐々木から稟議が上がってきた時点で何故気付かなかった?」
俺は柏木さんを一瞥すると、眉間に皺を寄せ声を低めた。
「申し訳ございません。私の見落としでした」
柏木さんは丁寧に頭を下げる。
リズムがなく、淡々とした口調が俺を余計に苛立たせる。
柏木さんのいつも動じないその姿勢が羨ましいと思ったことがある。
でも、今はそれが疎ましい。
「君は大口の契約の方で忙しいのは分かる。目先の利益にとらわれて、小口の契約をおろそかにしてるんじゃないか!?」
俺は思わず声を荒げた。
柏木さんは顔色一つ眉一つぴくりとも動かさない。
その姿はまるで不動明王のようだ。
それを考えて、また腹が立った。
冷静に喋ろうとは思うのに、何故か感情は怒りへ、怒りへと昇っていく。
こんなきつく…しかも嫌味ったらしい言い方では村木と一緒だ。
今度こそ本当に柏木さんに嫌われてしまうかも。
そう思ったけど、止まらなかった。
「三上通商と岩井運輸は昔からのお得意様だ。怒らせるわけには行かないんだよ!分かってる!?」
「部長…僕が…!僕がいけないんです。柏木さんは僕の手伝いをしてくれただけで!!」
佐々木が勢い良く立ち上がりがばっと頭を下げた。
「佐々木。俺たちは大事なチームだ」
俺はゆっくり腕を組むと、佐々木を見下ろした。