Fahrenheit -華氏-
「え……?」
「私、今まで上の人に怒られたことなかったんです。と言うよりも上司がいなかったって言った方が正しいですか…
私、一国一城の主だったので、今まで意見してくる人がいませんでした。
だから部長の言葉が胸に染みたんです」
え!?染み……えぇ!どこで!!?
何て返していいやら分からなく、俺は曖昧に頭をかいた。
「やっぱりダメですね。我がままになって、唯我独尊ですよ」
「柏木さんは我がままなんかじゃないよ」
「いえ。自分でも知らないうちに天狗になってた部分もあると思います。私、部長に叱られて目が覚めました。
部長の言う通り目先の利益にばかり捉われて、小さいけど大切なことを見落としていました。」
俺は柏木さんを見下ろした。
その小柄な体で柏木さんは全てを受け止め、消化しようとしている。
良いことも、悪いことも…
全部吸収して、自分という人間を認めようとしている。
「柏木さんってすごいね……」
俺は自分が急に恥ずかしくなった。俺は柏木さんのように悪い部分を認めて消化しようとできないから。
仕事に関してはいつも後悔ばかりで、後悔しても何に対してとか深く考えていなかったから。
そんな風に考えられるのってやっぱり凄いことで、でも簡単にはできないことだもんな。
柏木さんは俺よりもずっと大人だ。
「そうですか?部長の方が凄いと思いますけど?」
柏木さんは顔を前に向けてサラリと言った。