Fahrenheit -華氏-
「え?どこが??」
柏木さんにとったら、俺なんてまだまで、柏木さんに「凄い」と思わせるようなこと今までした覚えがない。
柏木さんはまっすぐに俺を見据えて直視してきた。
逸らせない強い視線。
目つきがきついってわけじゃないけど、その視線に威力がある。
目力があるっていうのかな。
「昨夜遅くに三上通商様と岩井運輸様からお電話がありました。二社とも揃って『トラブルはありましたが、大変快いお取引ができました。今後とも宜しくお願いします』って丁寧におっしゃってました」
「ああ……それは」
柏木さんは俺から視線を外すと、俺に横顔を向けて目を伏せた。
「部長のことを大変評価なさっておいででしたよ。私には一度機嫌を損なえたお客様にあそこまで信頼を取り戻すことはできません」
「え……そうかな…ただ単に謝り倒しただけなんだけど…」
何がそんなに凄いのかやっぱり俺にはよく分からなくて、俺は頭をかいた。
謝り倒すぐらい誰にでもできる。
「男の人にはやっぱり女とは違うプライドとか積み上げて来た実績があって。
自分のミスではなにのに、頭を下げるのなんてきっと恥ずかしいし、そう簡単にはできないことです。
だから私……部長のこと見直しました」
柏木さんは顔を上げて清々しく言い切った。
正直俺なんてまだまだだ。
柏木さんの足元にまで及ばないだろう。
でも……俺は俺のやり方で積み上げてきた。
それを俺は今まで誰にも分かってもらったことはなかった。わざわざ言うことでもなかったし、自慢することでもない。
知られたところで、俺が何か変わるのかと言えばそんな風にも思えなかった。
でも……
何だろう。
俺、今すっげー嬉しい。
心がほんわかして暖かいんだ。
暖かい……