Fahrenheit -華氏-
ドキンドキン……
どちらの鼓動か分からないけど、心臓の音が聞こえる。
「セ…セーフ…」
俺は何とか声を出した。
柏木さんの華奢な背中や腰。柔らかい感触が手にしっとりと馴染む。
柏木さんの腕が俺の背中に回され、必死にしがみついてた。
ん―――?
んんっ!!
って、これセーフって言うの!!?
俺は柏木さんを抱きしめていたし、柏木さんも俺にしがみついている。
傍から見たらきっと恋人同士が抱き合っているように見えるだろう。
「…す、すみませんでした」
柏木さんがぱっと慌てて顔だけを離す。俺と同じ視線だった。
落ちたことに動揺しているのだろうか、しきりにまばたきを繰り返している。
どうやら柏木さんは脚立の一段だけを踏み外しただけで済んだらしい。
「落ちなくて…怪我がなくて良かった…」
俺はほっと安堵の息を漏らした。
「はい。ありがとうございます…あの…降りますので、ちょっと離してくださいます?」
柏木さんが困ったように首を傾げる。
離したくない……
だってこんなにも柏木さんの顔がすぐ近くにある。
柏木さんの体温を掌に感じる。
柏木さんの柔らかい感触を感じる。
どれもがすごくリアルで、決して幻なんかじゃない。
俺は彼女の腰を抱く手に力を込めると、顔をそっと近づけた。