Fahrenheit -華氏-
「か、柏木さん……」
びっくりした。だって急に現われるんだもん。
それにしても……
今の会話…聞かれてなかったよなぁ……?
「今日はニューヨーク支社から研修を兼ねてあちらの社員の方がお見えになるって伝えた筈ですが?」
そう言って俺を軽く睨み上げる。
「そう…でしたネ」
ニューヨーク支社との合同企画が進んでいるのはちゃんと覚えていた。
そちらから挨拶がてら内部の様子を伺いに来るのも。
でもそれが今日だったことをすっかり忘れていた。
「全く、目を離すとすぐふらふらどこか行っちゃうんですから」
そう言って柏木さんは俺の腕を掴むとずるずると引きずるように、俺を引っ張って歩き出した。
裕二が笑いを堪えながら、
「ペットとその飼い主?もしくは母親と子供みてぇ」とほざきやがった。
柏木さんはくるりと振り返ると、至極真面目な顔で、
「私に、こんな出来の悪い子供はいません」
と冗談とも本気ともつかない言葉を裕二に投げかけた。
ぶぁははははは!
裕二の爆笑が聞こえてきて、俺らは喫煙ルームを後にした。