Fahrenheit -華氏-
キス―――かぁ……
それ一つで柏木さんのことが知れるんなら安いもんだよな。
俺は無言でジェニーを見つめると、そっとその細い顎を持ち上げた。
ジェニーが長い睫を伏せて目を閉じた。
ピンクのグロスが乗った唇は旨そうだった。
ちょうど良かった。
欲求不満だったから。
ジェニーは美人だし。それにアメリカじゃこんなの挨拶だ。
何の意味も持たない。
何の意味も……
顔を近づけ、顔を傾けちょっと口を開ける。
だけど―――
「何か違う」
ぼそりと呟いて、俺は顔を背けた。
「What?(え?)」
訝しんでジェニーが目を開けた。
確かにジェニーとキスするのも簡単だし、柏木さんのことも知れる。
今の俺にはまさに一石二鳥だ。
だけどこんなことで柏木さんの過去を不用意に覗いてはいけない気がした。
決して触れてはならないこと……
だけどいつか知りたい。でもそれは俺自身が彼女の口から直接聞くべきだ。
それで一つ一つを消化していくべきだ。
それに、柏木さんとキスしたときと全然違った。
柏木さんとは……もっとドキドキして胸の中が焦げ付くように熱くなった。
いい歳してみっともない程の緊張もした。
でもジェニーにはその感覚を抱けない。
誰でもいいってわけじゃない。
柏木さんとがいいんだ。
柏木さんしか今は欲しくない。