Fahrenheit -華氏-
柏木さんが退社して10分後に佐々木も帰っていった。
それから二十分程で慌しく日報を書き終え、俺も席を立ち上がる。
「あれ?神流部長、今日は早いですね~」
同じフロアの広報部の女の子たちが、珍しそうに俺に声を掛けてきた。
「ちょっとね」
俺は顔がにやけないように気をつけながら、平静を装って微笑みかけた。
「何か意味深ですね。もしかしてデートとか?」
女の子が怒ったような悲しむようなちょっと複雑な表情で俺を見上げてきた。
「え~!デート!うそっ、神流部長って彼女いたの?」
「や~ん、ショックゥ」
女の子たちが口々に言う。
「いや。デートじゃないよ。親父……会長と会食の約束してて」
俺は適当な言い訳を取り繕った。
すまん、親父。あんたをだしにして…
俺は心の中で謝った。
「…会長と?それは失礼しました」
「何だ~。良かったぁ」
「そうだねっ。神流部長密かにファンクラブがあるぐらいだもん。社内の女の子だったら尚更許されないよね~」
ファンクラブ……
知らなかったぜ。
いやいや、あったところでどうとも思わないけどさ。
それにしても、許されないってこわ~……
女は団結すると怖いからな。
尚更柏木さんと一緒にいるところを目撃されないよう気をつけなければ!
そう思いながら俺はいそいそと会社を後にした。