Fahrenheit -華氏-
―――そう……なんだよなぁ
うちは社内恋愛禁止と言うわけではないが、だからと言っていくら好みの女だからって、簡単に遊ぶわけにはいかない。
あとあとトラブルがあっても面倒だ。
だけど……
俺はちらりと柏木さんの端整な横顔を見た。
そのまま放っておくのはもったいな過ぎる!
なんて考えてると、
当の本人が出し抜けにくるりと振り向いて俺を見た。
俺はびっくりして、目を開いた。
「あの、部長」
「は、はぃ」
またも変な風に声が裏返る。
だめだな、今日の俺。かっこ悪すぎる。
「先程は、神流おじさまのご子息とは知らず大変失礼を致しました」
と柏木さんは丁寧に頭を下げた。
長い間アメリカ暮らしとは思えないほど滑らかで綺麗な言葉だ。
てか、“おじさま”って。親父そんな風に呼ばれてるのかよ。
キモっ
我が父親ながら思い浮かべると、鳥肌が立つぜ。
「え、いえ。こちらこそ」
「先程は……って、お二人何かあったんですか」
俺の隣で佐々木が不審そうに目を上げた。
「いやぁ、ちょっとハプニング……」
「出会いがしらにぶつかっただけです」
と素早く柏木さんが口を挟む。
う~ん……タイミングも、喋り方もそつがない。
ってか隙がない。
「あ、そだ。俺さっきぶつかったとき柏木さんの携帯と俺の携帯が入れ違ったみたいなんだよね」
思い出したように、俺はスーツのポケットをまさぐった。