Fahrenheit -華氏-
「携帯……」
柏木さんは一瞬何のことか分からなかったのだろう、ちょっと小首を傾げたが、すぐに、
「ああ」
と言ってバッグを取り出した。
「入れ違いになっちゃいました?ごめんなさい、てっきりこれ私のものだと思ってしまって」
そう言ってバッグの中から携帯を取り出す。
直線的なデザインの、パールホワイトの携帯。
「ホントだ。全く一緒」
佐々木が感心したように口を開く。
「はい、これが柏木さんの携帯」
「どうもすみませんでした。お手数をお掛けして」
柏木さんは丁寧に言うと、携帯を受け取る。
「ああ、それと。ごめん、さっき間違えて電話を取っちゃったんだ。“M”ってなってたけど……。向こう英語で、俺は何も言わないうちに切れちゃったんだ」
ごめん、ともう一度謝りながら、柏木さんを見た。
彼女は……一瞬……
本当に一瞬だけ
ちょっと表情を歪めた。
「……?」
奇妙な沈黙が降りてきて、その場がしんとなる。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
何に対して謝ったのか、何に対して礼を述べたのか分からなかったけど、柏木さんの中できっと妥当な返事だと判断したのだろう。
彼女は何事もなかったように携帯をバッグにしまいいれた。