Fahrenheit -華氏-
柏木さんはまるで子供をあやすような優しい手付きで俺の頬を撫でた。
ゆっくりゆっくり……
何度も、何度も……
ふっと忘れていた記憶が甦る。
俺の母親も、俺が熱を出したりするとよくそうやって撫でてくれてたっけ…
もう随分前の……遠い過去だ。
不思議だな。母親の顔すら今は朧げだって言うのに、手の温もりはこんなにもはっきりと記憶に残っている。
変なの……
これから男女の夜の営みだって言うのに、俺は自分を産んでくれた母親の影を柏木さんに見ている。
柏木さんの中に俺は“母性”というものを見ている。
さらさらした掌の感触が気持ちよくて、俺はゆっくりと目を閉じた。
こうゆうのも悪くないかも……
「……部長」
柏木さんの声で、はっとなった。
ぱっと目を開けると、オレンジ色の灯りにぼんやりと照らし出された柏木さんが目の前にいた。
「お疲れのようですね。眠そう……」
「は。ははっ……」
俺はちょっと苦笑いを漏らすと、柏木さんを軽く睨んだ。
「眠くねぇよ」
危ない。危ない。何っか安心しちまって、ホントに寝るところだった。
俺は挑戦的に笑うと、目の前の柏木さんをぎゅっと前から抱きすくめた。
柔らかい肌の感触。
華奢な体のライン。
“女”の感触だ。