Fahrenheit -華氏-
だけど柏木さんは俺のことをバカにしたり、冷めた目でみたりはしなかった。
俺に初めて見せるすごく穏やかな微笑みを……綺麗に浮かべていたんだ。
俺のロザリオを握った手に、柏木さんの手がそっと重なる。
冷たい手だったけど、何故か温かい気持ちが伝わってきた。
柏木さんは俺の手からロザリオが離れてしまわないよう、子供に握らせるように俺の手を両手で包んだ。
「大切にしてあげてください」
柏木さんはきれいに微笑みながら言った。
「このロザリオを?」
何に対しての言葉か正直分からなかった。
ただ柏木さんの言葉は漠然として、捉えどころがなかった。
「全部です。
ロザリオもそうですが。
あなたが与えられたその名前も、
その体も、
あなたのお母様が愛情を込めてお育てになったものです。
だから大切にしてあげてください……」
そんな風に言われたのは初めてだ。
実の父親でさえ、俺に対してそんなこと言ったことないのに。
柏木さんの言葉には威力がある。
一つ一つに魂が宿り、そこから命の息吹を感じられる。
柏木さんの笑顔は人を安心させる。
温かくて、幸せになれるんだ。
俺はこんな風に優しく笑う女をもう一人知っている。
俺の母親だ―――