Fahrenheit -華氏-
■Warmth(ぬくもり)
東京の消えない夜のネオンサインが窓から入ってきて、鮮やかにベッドの上を照らし出している。
青白い光は幻想的で、柏木さんの横顔をまるで彫刻のように完成された美しさを照りだしている。
柏木さんは長い睫を伏せて目を閉じてはいるが、眠ってはいなさそうだった。
俺はずっと気になってたことを聞いてみることにした。
「あのさ……、何で俺と寝る気になったの?俺はないって言ってたじゃん」
俺の質問に柏木さんがゆっくりと顔を上げる。
何を考えてるのだろう…黒曜石のように澄んだその目の底は暗い渦が巻いているだけで、何も語ってはくれなかった。
「ほら…女の人って男と違って好きな人としかヤらないって人が多いじゃん。まぁ中には例外もいるけど」
柏木さんは俺の腕から顔を上げると、ちょっとだけ頭を上げ枕に肘をついた。
横になっている俺を見下ろすような格好だ。
「好きじゃないからです」
ちょっとだけ意味深に微笑んだその笑みはさっきの温かな笑みとうってかわって冷たいものだった。
「“好き”だとか“愛してる”とか言う言葉ほど信用できない言葉はありません。
それよりもお金とか体とかが目的の方がよっぽど明確で分かりやすいから」
そう言った柏木さんの表情はつるりと無表情で、まるで感情のない人形が喋っているみたいだった。