Fahrenheit -華氏-
「柏木さん……?」
俺には柏木さんの考えてることが全く分からない。
だって今まで抱いた女は一部を除けば大抵心を欲しがったから。
でもその一部だって女は俺の体が目的だったわけで……
でも柏木さんは俺の体を欲しているようには見えない。
「部長は楽なんです」
柏木さんはちょっと寂しそうに笑った。
酷く哀しそうなのに悲しみには見えない。かと言って楽しんでいるようでもない。不思議で複雑な笑みだった。
この感情を何と言うべきなのか……
「部長はあたしに気持ちを要求してこないし、自分の気持ちをあたしに押し付けてこない。
だから楽」
「それで“あたしのこと好きにならないで下さい”って言ったの?」
俺は柏木さんの奥にあるものを探るように目を上下させた。
そんなことしても柏木さんの内側なんて見えやしないのに……
「そうです。好きになってくれてもあたしはそれに応えることができないから。同じものを返せないって分かりきってるから……」
「何で……?」
俺の質問に彼女はふいと顔を逸らした。
長い髪が揺れて、白い耳が露になる。
「恋なんて二度としない。二度としたくないんです」
そう言った彼女の言葉は冷め切っていて、でも芯は熱く燃え滾るような硬い意思だった。
でも俺は初めて彼女の心の奥にあるものに、ちょっと触れられた気がしたんだ。