Fahrenheit -華氏-
あたしが腕から抜けたことで、部長は「う~ん……」と小さく寝言をもらした。
あどけない寝顔。
長い睫が頬に影を落としている。
きりりとした精悍な眉。整った鼻梁。薄い口元……
起きているときはそれなりに男前なのに、寝ているときはこんなにも無防備で……
可愛い―――
あたしは部長の黒い前髪をそっとすくった。
「……~ん?」とまたも寝言を呟いて、何だか幸せそうに口元に笑みを浮かべてる。
起きたら居なくなってるかと思ったのに……
「ま。いいか」
あたしは納得すると、着るものを探してベッドの下を覗きこんだ。
あたしの脱いだ服は……
部長側だ…面倒くさいなぁ。
ちょっと眉をしかめたけど、部長の脱いだワイシャツが床に落ちていたのを見つけた。
「これ、今だけ失礼しますね」
そう断りを入れて部長のワイシャツに袖を通す。
部長のワイシャツは大きくて、あたしが着るとワンピースのようになった。
フワリ…
部長の香りがする……
部長に包まれてる感じがする。
そう思っただけで何だか温かくなった。
ボタンを締めると、あたしはベッドを降りた。
喉が渇いた。
水を飲みに行こうとして、寝室を出る。
夜明け前の―――ひっそりと静まり返りひんやりとした廊下をあたしは一人で歩いた。
いつもの光景。
でも寝室の扉を開ければ、
部長が眠っている。
こうゆうのも悪くないかもしれない。