Fahrenheit -華氏-
『How goes it?(元気かい?)』
「Just fine, thanks.(元気よ。おかげさまで)」
あたしは早まる心臓を押さえようと、タバコを口に含んでことさらゆっくりと煙を吐き出しながら答えた。
How are you?(あなたは?)とは敢えて聞かなかった。
この人のことを知りたいとは思わないし、知りたがってると思わせたくもない。
でも気になる事はある……
「How about you, July?(ユーリは元気なの?)」
『Oh, she's doing good.(あぁ元気だよ)』
ずっと気がかりだったことだ。
元気だと聞いてほっと胸を撫で下ろす。
「Is there anything I can do for you?(何の用?)」
『You are cold as usual.(相変わらず冷たいな)』
電話の向こうで冷笑が聞こえた。
というよりも、ちょっと声に覇気がない。疲れてるのだろうか…
ま、あたしには関係のないことだけど。
あたしはタバコを指で挟んだまま、リビングの向こう側にあるテラスに目を向けた。
地上から47階の景色はいつもと変わりなく、うっすらと空が明るくなっている。
タバコを口に含むとあたしは目を細めた。
この広い空の下、海を挟んだ向こう側に電話の相手は確かに存在する。
でも同じ朝を迎えることはない。
同じ景色を見ることはもうない。
二度と。