Fahrenheit -華氏-
「I'd prefer it if you didn't call me like that!(その名前で呼ばないで!)」
我知らず―――大声を上げていた。
「For Christ's sake, stop it……(お願いだから……)」
愛してもないくせに。
まだあたしたちの仲が壊れる前の愛称であなたは平然とあたしを呼ぶ。
もう終わったのに。
忘れたいのに。
ふとした瞬間、この人はあたしの心の中に無断で入り込む。
いくら追い出そうとしても、その気配はあたしの中から消えることがない。
消したいのに―――
あたしは右腕を押さえた。
ちょうどタトゥーがある辺り。
これを消さなかったことに…
忘れたくなかったから……とか大層な理由なんかない。
わざわざ痛い思いをしてもまで、あの人の痕跡を消すこともないと思ったから。
『I'm sorry……(ごめん……)』
I'm sorryなんて謝らないでよ。
余計惨めになる。
「……っつ―――」
鼻の奥でつんと嫌な痛みを感じあたしは鼻の頭を指で押さえた。
堪えきれずに涙が溢れ出した。
涙なんて……とっくの昔に枯れたと思ってたのに……
まるでせき止められていたダムが決壊したのごとく、あとからあとから溢れてくる。
『Ruka?Why are you crying?(ルカ、泣いてるの?)』
彼の問いかけにあたしは答えることができなかった。
『Ruka……』
もう一度呼ばれてあたしは携帯をぎゅっと握った。