Fahrenheit -華氏-
あたしは指で慌てて目の端を拭うと、
「Don't call me again! Bye!(もう二度と電話をしてこないで!じゃあ!)」
乱暴に言うと無理やり電話を切った。
「……すみません、煩くして。起こしちゃいました?」
「……いや…」
部長はすっとあたしの元に来ると、少し距離をあけてソファにストンと腰掛けた。
上半身は何も身につけてなくて、下にスーツのズボンを履いただけだ。
細いけど、決して軟弱じゃない体は引き締まっていてきれいな筋肉がついている。
「びっくりした。起きたら柏木さんがいなくて」
部長はちょっと笑った。
あたしには無理やり笑顔を浮かべてるように見えた。
あたしは指の腹で目元の涙を拭うと、
「すみません」
もう一度小さく謝った。
何に対して?
分からなかったけど、とにかく謝った。
部長の手が伸びてきて、あたしの手をそっと握る。
温かい手だった。
「悲しいことがあったときは―――涙を流した方がいいよ」
部長自身も悲しそうに眉を寄せてちょっと寂しそうに笑った。