Fahrenheit -華氏-

■Evil eye(凶眼)


柏木さんが感情的になって涙を流しているのを見るのは初めてのことだった。


大きな目に、透き通った涙の粒が浮かんでいる。


不謹慎だと思ったけど、こんなときも柏木さんは


きれいだった―――


涙の流し方もきれいだったと言うべきか。





俺は柏木さんは強い人なんだと今まで思ってた。


だから何かに心を乱して涙を流すことなんてないと思ってた。


でも柏木さんは今、泣いている。


俺が決して触れてはいけない部分で、心を痛め―――泣いてる。


だから俺が彼女に何かしてやれることはない。


ただ傍にいて、彼女の涙を見守ることしか……できない。








腕に感じた重みがふっとなくなったことを感じて、ふと俺は目が覚めた。


ホントはアルコールが抜けたら帰ろうと思ってたけど、いつの間にか寝ちゃってたみたいだ。


不思議だ。


柏木さんの隣にいると俺は不思議なぐらいよく眠れる。


でも


隣に柏木さんの姿がなくなっていることに気づき、寝室を出ると


彼女は電話をしていた。


声を荒げて、時々嗚咽を混じえながら。


遠いのと、英語の早口の言い回しで何を喋ってるのか聞き取ることはできなかった。


でも電話の相手は容易に想像することができた。










“M”だ―――






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