Fahrenheit -華氏-
柏木さんを笑顔にさせられるのも
また泣かせることもできるのは
“M”しかいない。
彼女に「恋はしない」と誓わせた男もまた“M”に違いない。
それほど深く、それほど大きく彼女の中にまだ“M”は君臨している。
何者だろう―――?
ちょっとした疑問だった。
いや、ちょっとじゃないな。かなりだ。
俺はその男が何者か―――知りたい。
柏木さんはすんと小さく鼻をすすった。
「…もう大丈夫です。すみません、みっともないところをお見せして」
「え?…ううん。もう大丈夫?」
「はい」
柏木さんはしっかりと頷いた。
もう目に涙は浮かべていない。
切り替えが早いのは人間として尊敬すべきところだが、俺としてはもう少し弱いところを見せて欲しいっていうか…
「あ、部長。あたし部長のシャツ勝手に借りてました。すみません」
柏木さんは俺のシャツの襟をちょっと持ち上げた。
長い袖は彼女の肘のあたりまでまくってある。
俺のシャツは柏木さんにはでかくて、ワンピースになってた。
男のシャツをさりげなく羽織る女の子って可愛い。