Fahrenheit -華氏-
柏木さんの一度開きかけた心の扉が、音もなく俺の目の前でゆっくりと閉じていく。
でもその扉を閉じたのは、彼女自身でもなく―――まぎれもなく
俺だった―――
これ以上何かを言っても余計彼女を怒らせるか、傷つけるだけだ……
「勝たせてくれてありがとう」
俺は顔を上げて眉を寄せた。
俺の言葉に柏木さんは一瞬…ほんの一瞬だけど悲しそうに目を伏せた。
「いいえ」
「……でも何で俺?麻野じゃなくて、何で俺だったの?」
綺麗に立ち去りたかったのに、疑問が押し寄せてくる。
こんなの俺じゃない。
こんな去り際まで往生際が悪いのなんて……何だかかっこ悪い。
「言ったでしょう?部長は楽だって。それ以上何の感情もありません」
何ノ感情モアリマセン
その言葉が俺にとってどれほど楽なのか…
これ以上に楽な関係ってないって、分かってるのに……
俺の心はナイフが突き刺さったかのように
痛かった―――