Fahrenheit -華氏-
グラスに手を置いたまま俺をまっすぐに見る。
紫利さんが俺に見せる初めてのちょっと冷ややかな視線だった。
「で、諦めるって言うの?
つまらない男に成り下がったものね。啓人も」
紫利さんは、意外な言葉を一言冷たく言い放った。
「―――え?」
「そんなこと言われたぐらいで何?私たちホステスたちはねぇ、お客さんに冷たくされてもそれでもめげずに声を掛けるわけ。
それは仕事だからってのもあるでしょうけど、仕事も恋愛も一緒よ。
最初から諦めたら、結果なんてもちろんついてこないわよ」
紫利さんの言葉は俺の心を突き刺す。
でもそれは不思議と嫌味を感じなかった。
紫利さんの言葉は……
柏木さんのいつもの態度を思い出させた。
冷たいけど、いつも正しい彼女の言葉を。
「…でも、二度と恋はしないって言い切ったんだよ?」
「そんなの変えればいいじゃない。あなたが変えればいいじゃない。それとも自信がないの?」
少し挑発的に睨まれて、俺はたじろいだ。
自信がない―――?
そんなこと考えてもいなかった。
「見損なったわ、啓人。そんなんだったらホストと遊んでた方がまだましよ」