Fahrenheit -華氏-
「さようなら、紫利さん。あなたはいい女だったよ」
「さよなら。あなたは……去り際までワルい男」
そう言って紫利さんはにっこり微笑んでいた。
彼女の笑顔は―――
俺が今までに見た彼女の中で、最高に美しい笑顔だった。
ホテルを出ると俺は急いでタクシーを拾った。
会社の所在地を告げ、タクシーが走り出す。
時計を見ると8時をちょっと過ぎている。
いつもならまだこの時間彼女は会社に居るはずだ。
それでも気が急いていたのか、俺は携帯を取り出し慌てて電話を掛けた。
電話の先は外資物流情報部直通の番号だ。
2コール程で彼女の声が出た。
『お電話ありがとうございます。神流グループ㈱外資物流情報部、柏木でございます』
相変わらずそつのない、丁寧な口調にほっと胸を撫で下ろした。
「……あ、俺…」
改めて名乗るのも何だか気恥ずかしかった。
ぶっきらぼうに言って、しかし返ってきた言葉は、
『どちら様ですか?』
と柏木さんの冷たい口調。
って、俺の声毎日聞いてるのに―――聞き分けられないの?この人!
いきなりカウンターパンチを喰らった衝撃だ。
ガーンとショックを受けていると、
『冗談です。どうされたんですか、部長』
俺は目を開いて、携帯をぎゅっと握った。