Fahrenheit -華氏-

忘れ物をしたから、ちょっと下まで届けてくれと俺は適当な言い訳をこしらえて柏木さんを会社の裏側に呼び出した。


タクシーが着くと、柏木さんは俺の指定した場所にすでに到着していた。


言い訳に利用した書類を手にしている。


「ごめん」


「いいですけど、取りに来た方が早かったんじゃないですか?」


う゛確かに……


でも、社内では話せないしできなかったことだから。


「あ、IDカード会社の引き出しの中に忘れちゃってさぁ…あの中に入ってると思うけど」


「まぁあのカオスの中で私がIDカードを探し出すのは困難だと思われますが」


カオス…


普通にひでぇな、柏木さん。そりゃ俺の引き出しの中はぐちゃぐちゃしてるけど。


って、そんなことを話しにきたんじゃねぇ!


俺はひと目のつかない建物の影へと柏木さんを引っ張っていった。


「どこへ行くのですか?」


柏木さんは困惑顔。


ビルとビルの隙間は細い通路になっていて、ひんやりと涼しかった。


「ここなら大丈夫か」


そう呟くと、困惑したままの柏木さんをぎゅっと抱き寄せた。



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