Fahrenheit -華氏-
東星紡は前述した通り、国内一の繊維メーカーだ。
だがしかし、三年ほど前に業績悪化に伴い、アメリカの大手企業に融資の変わりにM&Aを持ちかけられた。
その後すぐに吸収合併され、今の正式名はアメリカンウェストスター㈱になっている。
大手企業の資産をバックに、その後は業績が上がり今では世界にも通じる紡績工場とも言える程まで成長したってわけだ。
「東星紡がどうかした?」
「今回の件、東星紡とも絡んでくるんでしょうか?」
「うん、まぁそうなるね。いくらうちが引き受けるとは言え、ダイレクトには取れないだろうから、東星紡でワンクッション置いてってことになるかな。それがどうしたの?」
「……いえ」
柏木さんは、彼女にしては珍しく歯切れの悪い返事を返してきた。
少し考えるように眉間に皺を寄せている。
俺、また何かまずいこと言った?
それとも、前回のヴァレンタイン財団のときの同じように何らかの関係があるのか?
と言っても、東星紡自体ヴァレンタイン財団とは何の関係もない。
うーん……分からん。
「あ~…柏木さんも忙しいと思うし、ちょっとアドバイスをくれるだけでいいよ」
俺は苦笑いをして柏木さんを見下ろした。
色んな意味で組んで仕事がしたかったけれど、これ以上柏木さんの体も心も負担をかけるわけにはいかない。
「いえ、引き受けます。と言っても私はあくまで部長の補佐ですので、最終的な決済はあなたにお任せいたしますが」
「え!?ホントに!いやぁ助かる!」
俺は顔の前で手を合わせると、拝む仕草をした。
どうやら柏木猫を手なずけるまたたびは、彼女にとって“仕事”というものらしい。