Fahrenheit -華氏-
世田谷区三軒茶屋にあるTUBAKIウエディングの事務所はこぢんまりとしている。
その隣にでかでかと白亜の式場が隣接していた。
俺たちは式場の方へ来るよう香坂さんに言われていた。
式場の…とは言っても客が結婚式の打ち合わせをする入り口から俺たちは中に入った。
落ち着いたトーンの赤い絨毯に足を踏み入れると、
「いらっしゃいませ~。式の打ち合わせにご来店いただいたのですか?」
こぎれいな受付のロビーで、案内役の女が俺たちを見つけるとニコニコ笑顔を向けてきた。
ってか…
え?俺らって結婚を控えたカップルに見えるの??
それはちょっと嬉しいかも!
なんて思ったけど、
「いえ、わたくしたちはこういうものです。デザイン室の香坂様にお会いしたいのですが」
さらりと柏木さんが案内嬢の言葉をかわし、流れるような動作で名刺を差し出した。
「神流グループ㈱外資物流事業部……柏木様…ですか。アポイントはおありですか?」
教育の行き届いた対応だったが、目が笑ってない。
うさんくさい飛び込みの営業が来たと思ってるのか…
ま。無理もないか。打ち合わせなら普通事務所でするわなぁ。それを式場て…
「私の名前でお約束してると思います。失礼」
そう言って俺は営業スマイルを浮かべ、名刺を案内嬢に差し出した。
案内嬢はほんのちょっと頬を染めて、
「し、少々お待ちくださいませ」と言って受付の方へ走っていった。
「さすが、女殺しですね。あなたの笑顔がこんなところで役立つとは」
と、グサリと厳しい柏木さんの言葉が俺に突き刺さる。
いいもんね。
イジイジをいじけてたら、
「神流部長!お待ちしてました」
と香坂さんが現れた。